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欠け月のウィジャ 第二幕-02b

 ただ隣で鼻をひくつかせていたということを知られただけでも恥ずかしいというのに、華朝の言葉は金之助の頭をいっそう沸き立たせた。悶える金之助に、華朝だけでなく車夫までもが大笑いしている。もうどうして良いか分からず、金之助は俯き、焼石のように紅潮した頬を腫れ上がらせた。
「むくれるな少年、浅草に着いたら「あいすくりーむ」を奢ろう。じつに珍妙な味わいらしいぞ」
 金之助の頭皮は相変わらず湯気を上らせており、実に深い皺がその眉根に刻まれていたが、「あいすくりーむ」なるものには興味があった。
 金之助は、小林家の中で唯一「あいすくりーむ」を食べたことがない。父親、母親は仕事の食事会の行きがかりで、姉であるところの綾に至っては女学校の友人と幕内のちゃんこのごとく、食したと豪語していた。
 綾の言によれば「あいすくりーむ」とは柔らかい氷菓子で、かき氷とも異なりハイカラで、もっと甘く、もっと美味しいものらしい。その未知なる冷たい食べ物の誘惑は、金之助ののぼせた頭を冷ますのに十分な魅力を持っていた。
 金之助が目を合わせずに、こくりと頷いた。それを見た華朝もうむと一つ頷くと、金之助の頭を撫でつけてきた。子供扱いされているのが分かって少し癪だったが、嫌な感じはしなかった。金之助は再び頬を紅色に染めた。
「この香水はな、私が調合したものなのだよ」
 華朝は言った。その手はまだ金之助の頭に乗せられたままで、夏風が街路樹とすれ違うたびに甘い香りを運んできた。
「金鳳花という花の香りだ」
 言葉はそこで途切れ、華朝は顔を逸らした。金之助が頭を上げてもその表情は読み取れず、ただ華朝は金之助から顔を背け続けた。
 やがて、初夏の空気に湿った水の重みが含まれた。気づけば視界には、不忍池の森が入っており、この調子で行けば間もなく浅草に着くだろう。金之助は目を閉じ、大きく息を吸った。じめじめした夏の香りに混じる、馥郁たる金鳳花の香り。そこにある、確かな香り。
 これから暑くなる東京の昼下がり、一台の人力車はアブラゼミの鳴き声の中を、颯爽と駆け抜けていった。


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